彼はとても自由奔放な人生を生きている。 いつもどこからともなく現れて、突拍子もないことを口にして、私の都合なんてお構いなしに私を振り回す。 そして満足したような笑顔を残して私に背を向けてしまう。 沖田総悟という人間は、いい意味でも悪い意味でも私を翻弄して止まないのだ。 その日は昨日までの雨が嘘だったんじゃないかと思わせるぐらい気持ちのいい天気になった。 梅雨の時期でもないのに雨が続いたその日々は、私を憂鬱にさせ、何をするのにも気分が乗らなかった日々だった。 それはどうやら彼の気分を害するのには十分な要素であり、今こうして目の前で湯のみに口をつけた総悟の口からは昨日までの雨がどれほどいやで退屈な日々を彼にもたらしたのかを懇々と私に言って聞かせていた。 隊服を着ているということは今日は休みではないということなのだが、何せ自由をモットーに生きている彼のことだ。またよからぬ事を考えているに違いない。私の予定なんて聞く耳を持たずにやれあそこの茶菓子が食べたいだ、どこそこのなにがしがおもしろいから見に行こうだ、新しく発売された商品が見当たらないから今から探しに行くだの、きっとまた無茶を言うに違いない。私はそう思って、見えないところで軽いため息を吐いたのだ。 「今日は、半休になったからここにいることにしましてねェ、」 そら、きた。 私は見ていたテレビから視線を外して総悟を見た。 「今日はの用事に俺が付き合ってやりまさァ」 聞いた瞬間耳を疑ったのは言うまでも無く、私は間抜けに「へ?」と声を漏らしていた。 それが引っかかったのか、総悟は器用に片方の眉を跳ね上げると「何かご不満でも?」そう何も言い返すことが許されないような口調と声音で私をねじ伏せた。 「え、でも、」 「どこに行きたい?」 私が喋るよりも前に総悟がまるで私を威圧するよう問いかける。 急にどこか行きたい場所を聞かれても、こういうときに限ってすぐには出てこないものだ。 それに私にしてみればどういった風の吹き回しで、総悟がこんなことを言っているかについての疑問点が多すぎる。どこか行きたい場所を見つけ出す前に私としては、そこのところを解消してしまいたい気持ちで一杯だ。 総悟は湯のみをテーブルの上に静かに置くと、もう一度、「どこか行きたいとことか、見てみたいもんとか、食べてみたいものとか、なんかねぇのか?」そう私に問うてきた。 ますます私の頭は混乱する。 沖田総悟という人間をここ数年見てきてはいるが、こんな自発的に人の都合に合わせて自ら動くということは滅多なことが無い限りしてこなかった人だ。しかも毎回の如く自分が私を振り回しているが如く、振り回していいのだ、と彼は言っているのだ。 おかしい。 たぶん、おかしい。 おそらく彼の裏には何らかの真意があるに違いない。 私はひっそりと眉を潜めた。 裏にあるであろう、その真意を確かめることに必死だったからだ。 「なぁに眉間に皺寄せてんでィ」 おっかねぇなァ 総悟は腕組をしながら勘ぐる私を横目にふとテレビに視線を配らせた。 『……続いて次に紹介するこちらの』 そんな妙な空気を払拭するようつけっぱなしだった情報番組のアナウンサーは嬉々とした声でブラウン管の中で微笑んでいた。咄嗟に聞こえたその台詞に私もそして総悟も目を奪われ喰いいるようにテレビの中を見つめる。 ブラウン管の中には突撃レポートなのか見慣れたかぶき町の町並みが映し出され、しばらくすると画面にはみ出すのではないかというぐらいの長蛇の列が映し出された。そこに並んでいるのは9割が女性であり、レポーターは嬉々とした声を上げて すごい人気ですね と口にしていた。 暖簾をくぐり、レポーターが手にしたのは、小さな容器に入っている、プリンだという。 なんでもオーガニックがなんとかで、とてもいい卵を使っているとかいないとかで1日に作れる量が決まってしまっているそうだ。この他にもこの洋菓子店では女の子の心をひきつけて止まない数多くの商品を取り扱っているのだそうだ。私はというとこのかぶき町に住み始めてから数年経つというのに、こんなお店があること自体初耳だった。あんなに長い列ができるぐらいなのだから知っていてもおかしくはないのに、だ。 「……よし、」 ふと私は総悟を見た。 彼の横顔は何かの決心に満ち溢れていた。 「え、まさか」 「買い、行くぞ」 「えぇ?いいよ、あそこまで並んで別に食べなくても」 いいのに、そう私が言い切る前に総悟が被せるよう口を開く。 「いやだ」 そう言い切った総悟に対して内心何がいやなのか、と思っていた。 「…あの場所なら、ここからそんな遠くもねぇだろうし、ここんとこ暇とはいえ忙しかったし、」 言いつつ総悟は首をさすって見せた。 こういう仕草をするときは彼が照れ隠ししているときに起こるものなのだと私は学んでいたつもりだった。 「だから、と、俺とで、行くんだろィ」 言葉がいくつか足りない気がした。 けれども、それでもよかったと思う。総悟なりに私を気遣ってくれていたことを今ここにはっきりと感じ取ることができたのだ。普段に起こっていた総悟の無茶振りも、彼なりに私といる時間をつくろうとしてくれていた事を、言葉と行動には見えないながらも表現していたことを頭で分かっているつもりだったが、今日改めてそれを実感させられた気がした。 「…行くからには買って帰ってくるからね」 そう呟くと、総悟は不適に笑って見せる。私のよく知る、悪戯な笑みだ。 「当たり前だろィ、今こそ権力振りかざしての欲しいもん全部手に入れてやりまさァ」 |