「ちょっと、え、」 「おいおい目の前にあるじゃねーか。立派なリムジンが」 いやいやいや。ないだろう、目の前にあるのは明らかに原付だろう。 事の発端は一ヶ月ほど前にさかのぼる。 仕事の出張というやつで大江戸を離れ数ヶ月地方で生活していた私の任期が終わり、晴れて大江戸本社へ戻ることが決まったことがきっかけだ。 元々赴任先に家も家具もすべて揃っていたため、身体1つで地方へ行っていた私には引越しの伴う荷物というものがほとんどなかった。 しかしだ。 何を血迷ったのか帰りの交通手段を電車で乗り継いで帰ることにしてしまったのだ。長時間乗り物に乗ることは慣れてはいるが、大江戸に着くのが早朝で、始発まで2時間待たなくてはならない。2時間も待ってられない。そう考えた私は、ある1人の男に電話をした。 そいつはお金さえ出せば何でもやる万事屋を家業としている男で、電話口でもしょーがねぇなーの一言で私の迎えを引き受けてくれたのだ。 そしてこのとき、坂田銀時が言った台詞が「リムジンでも用意して待っててやるよ」だった。 「なに、あ、そーゆーオチ?」 「なになに、どんなオチ想像してんのかわかんねーけどこれ俺にとってはリムジン相当の価値あるからね」 「あーもー少しでも期待してた私が馬鹿だった」 「ばっか、何言ってんの?これねぇそこらへんのリムジンと一味違って乗り心地は抜群なんだからね?」 「てか自分でリムジンって言ってて寂しくないの?ちょっと、もうやめてくんない?」 「おいおい、なにその目。馬鹿にしちゃってる感じが否めないんですけどぉ。ちょっとショックなんですけどぉ」 「アンタの数十倍私がショック受けてるんですけどぉ」 手にしていたボストンバッグが地面へ落ちた。ボスン、とコンクリートの上に着地した茶色のバッグを銀時が再度持ち上げる。 そうしてリムジン、もとい彼の愛車ベスパの足元へ置くと座席の下からヘルメットを1つ投げてよこした。 「はい、これ被って」 「だまされたし。新手じゃない?」 渡された銀色のヘルメットをすっぽりと頭にかぶり、先にあるベルトを調節してしっかりと顎の位置でとめる。 ベスパに跨った銀時がなれた手つきでエンジンをかけると低いエンジン音と共に一瞬だけ煙が出た。そもそも原付の2ケツってダメなんじゃないっけ? 「で、どこまで?」 いつまでも渋っていられない私も銀時が座った座席の後ろに跨る。身体を屈めたらヘルメットが背中に当たった。 「南区の家まで」 「へいへい。ほんじゃ、掴まってろ、よ!」 勢いのある銀時の語尾に気をとられていた私の身体が一瞬にしてぐん、っと後方へ流された。思わず「わっ!」と声を上げてしまい、咄嗟に近くにあった銀時の腰に腕を回し、バランスを取った。ごおごおと風が耳元でうなる。ツンと刺すような冷たい朝の風が丸裸の両手に突き刺さる。 「ちょ、そこくすぐったいって!」 「な!じゃ、どこ掴めってのよ!」 「脇腹はやめてくれって、っておま、どこつかんでんのぉぉ」 「だって、ベルトのが安定してるじゃん!」 「ベルト掴むのいいけど一緒にズボン掴むなって!そんで持ち上げんな!!いてーんだよ色々よぉ!」 「え?え?」 「ちょ、、なに、ふざけてんのかって!!」 「ふざけてない!わ、なに!」 突然銀時の手が私の手を覆った。 思っていた以上に大きな手の平だった。 何をするのかと思ったらそのまま私の手を剥がし、彼が掴んで欲しいであろう所へ宛がった。 ベルトのバックルが指先に触れた。 「掴まってねぇと振り落とすかんな!」 少しだけ後ろを見ながら彼はそう言った。 「掴まってるわよ!この天パ!」 「あー!?きこえねぇなぁ!!」 言って彼は予期せぬ所で右にハンドルを切った。 私は声を上げてしまったが彼は得意そうに笑っているように伺える。 肌を刺すよう日差しが強まる。自分の鼓動が耳元で聞こえた。 掌の汗は、そのせいにしてしまおう。 |