とこういった付き合いになったのはいつだったか、よく覚えてはいない。
もともとは下のババァの店でが一時的ではあるが働いていて、そこで紹介された、ような気がする。
出会いのことははっきりとは覚えていないが、過去に一度だけ依頼を受けたことがあった。
内容は、簪をなくしてしまったからそれを探して欲しい というなんともいえない内容だったが万事屋という職業柄断ることもできず、俺は二つ返事で了承した。
結局その簪はの部屋のベッドと壁の隙間から見つかったのだが、見つかった時のの笑顔が忘れられなかった。人はこれほどまでに綺麗に笑えるものなのか、とぼんやり考えた瞬間だった。
そんな依頼の後、はババァの店を辞め、新しい仕事をするようになり、そしてこの関係が生まれた。
時折ふらりとやってきては他愛もない話をして、時には飯食いに行ったり、飲んだりするような関係になった。
は何よりとっつきやすい人間だったし、話しやすい奴でもあった。俺にとってはそういう奴なのだが、にとって俺はどういう人間で映っているのかは分からないが、話の断片から推測するに自分が駄目だと思った人間には好き好んで近づいていくような奴ではない。
お互いがお互いの一番いい位置にいるのだろうなぁと俺は推測する。


そんなことを考えていた矢先、ジリリリリと家にある電話が鳴った。
新八も神楽も出払ってしまって今家にいるのは俺だけだったので俺は重い腰を上げて受話器を取る。
「はぁい、万事屋銀ちゃんでーす」
『あ、銀さん?』
「…?」
第一声で分かってしまうだなんて、俺たちもついにそこまできたか。そう思い、机に腰を預ける。
「どーした?あ、手土産のリクエスト受けてくれんの?」
『やだなぁそんなんじゃないよ』
電話越しでクスリとが笑った。
『今日、夜何か予定ある?』
「あー、今晩は、特に何も」
『本当?じゃ、ご飯でも食べに行こうか』
クルクルと電話のコードを絡めていた指が一瞬止まった。
「飯かぁ、いいけど俺持ち合わせほとんどないぞ、今月まじでピンチでさぁ」
『いっつもカツカツじゃん、坂田家は』
そう言っては声を上げて笑った。つられて俺も笑いそうになったが、俺にとっては家計がカツカツなのは笑い事ではないので「いや、笑い事じゃないから」 と言ってやる。
するとは、
『今日は私のおごりでいいよ』と言って、給料日だったから。と付け加えた。
「まじでか」
『まじだよ』
俺は目を伏せて自分にしか分からないように笑った。
「じゃぁお言葉に甘えさせてもらいますかなぁ」
そう口にした、言葉の端々が震えてしまったのは俺が笑いをこらえていたからだ。
それから場所はいつものところでいいよね、とが言うので、駅まで行って待ってると告げた。
7時までには戻れるとの見解で、それを目安に俺は家を出る。といった内容で電話は切れた。

俺はソファに戻り消えていたテレビの電源を入れた。
今は5時を回ったところ。6時30までに神楽と新八が帰ってこなかったら置手紙でも書いていこう。
こうなってしまうと下手したら朝まで飲むコースなので新八と神楽が帰ってきたら、神楽を新八の家に泊まるように、伝える必要があるからだ。
ぼんやりと耳にはいる夕方のニュースも右から左へ聞き流し、早く時間が過ぎればいいと、思った。


「遅くなってごめんねぇ」
改札を抜けて駆け足ではやってきた。
「いいえーこれぐらい平気ですよ」
普段髪の毛をまとめて結っているのに、今日はおろしていた。
駅独特の人ごみを抜けなじみの店へ足を伸ばす。
その道中で、「今日髪の毛あげてねーのな」と話すとは「朝寝坊して時間なくってさ」と照れたように笑って見せた。

駅から歩いて5分程の距離にあるこじんまりとしか飲み屋が俺とのいつもの店だ。
店主と俺が顔馴染みで、を連れていったら彼女が甚く気に入りそれ以来ここが定着している。
店内に入れば主人がよく通る声で銀さんにちゃん、いらっしゃいと声をかける。は丁寧に会釈をして店に入り、俺はおお、とだけ口にした。
店内はカウンターが7席にテーブル席が3席あるだけで店の切り盛りは主人とあとは嫁さんの二人で行っている。
たしかにこじんまりした店ではあるが主人が所謂、凝るタイプの人間らしく、内装のインテリアはどれも目を見張るものがある。どうやらはそのインテリアに心奪われたらしく、行く度になにか真新しものがあるとこれはどこで手に入るだの素材はなんだのとこと細かく質問を浴びせては感心の声を上げる。
「奥の席だろ?それといつもの、でいいんだよな?」
「おぉ頼むわ」
とここを訪れるときは決まって一番奥のテーブル席へ座る。
を窓側へ通し俺がカウンターに向かって背を向け座る格好が常だった。
「今日暑かったね」
頬杖を付きながら「確かに、ほんっと溶けるかと思った」と言えばはだらしなく顔を緩ませる。
「そんなこと言ったって、どうせ家の中にいたんでしょ?」
図星をつかれてしまって不服だったが、間違った事を言われているわけではない。
よく言えばそんなことまでお見通しになるほど、と俺の距離が近くなっているということの表れだ。そうだ、そう考える事にしよう。
「こうも暑いと依頼も減るんですぅ」
膨れっ面にそんなことを口にしたもんだから、目の前で彼女は声を上げて笑う。
そうして手にしていたカバンから化粧ポーチのようなものを取り出すとその中から一本の簪を取り出した。
よく見ればそれはが俺に探して欲しいといった時のそれだった。
それを口にくわえると、両の指を器用に動かしおろしていた髪の毛を束ねそうしてその簪で纏め上げてしまった。
なんとも器用な光景だった。簪ひとつでここまで髪の毛がまとまるものなんだなぁと俺は関心してしまう。
そうこうしているうちに、主人が飲み物と軽いつまみを持ってくる。
はどうもーと声を出し、そうしてまた食べ物を追加注文してその隙間を縫うように俺も熱燗ね。と一言だけ口にした。
「じゃー今日もお疲れ様でした」
「はーいお疲れさまー」
カランとグラスとグラスがぶつかる音が聞こえ、そうしてほぼ同じタイミングで口をつける。
そしてこれもほぼ同じタイミングでグラスをテーブルに置いた時、店の玄関が開く音が聞こえた。
ようやく、にぎわいだす時間のようだ。

それからと2人他愛もない話をしながら、飲んでは食べていた。
今日仕事先で起こったこと、最近みたテレビの話、あの女優さんは綺麗だとかあの俳優さんがかっこよかっただとか、とにかく本当に他愛もない普通に会話だった。けれどもと交わすその一言一言が俺にとっては新鮮で、新しかった。俺が世間に対して無頓着な所為もあるかもしれないが、俺よりも多くの事をいろんな面から捉えているの話はとても面白いものだった。
店もほとんどの席が埋まるほどの盛況振りを見せていて、主人もその嫁さんも忙しなく働いていた。
そんな時間が流れ、ふとした瞬間にの携帯が震えだした。
俺は別段気に留めることもなかったが、一瞬だけの顔が強張ったのが分かった。
突然震えたそれに驚いたのかもしれないが、その瞬間に俺は少しの違和感を覚えた。
そうしてごめんね、といって電話に出たは聞き取れないほどの小さな声で、あとでかけるから、とだけ言って電話を切ってしまった。アルコールの入ったグラスを片手に俺は少しの悪戯心で「なに、彼氏?」と口にした。
するとは困ったように笑って「違う違う、そんなんじゃないよ」と手をヒラヒラ動かしてみせる。
そこで俺の酔いがさめてしまった。
今、自分が口にしたその一言で、だ。
「実家の両親だよ」
そんなの声はひどく遠くで聞こえていた。
ひやり、と背中を妙な汗が伝う感覚があった。
「あ、あぁそうなの?つか電話切ってよかったのかよ?」
「うん。あとでかけるから大丈夫」
平静を装うのがこんなにも大変なのか。それにしても分かりやすい心情だ。
そんな分かりやすい言葉を口にして、自ら墓穴を掘っただなんて。おかしくて笑えてくる。
にそんな存在がいないであろうことぐらい俺には分かる。なんとなくだが、そんなけったいな存在を持ち合わせていれば彼女の性格上、そいつの話が出てきてもいいはずなのだ。
けれどもこの付き合いを始めてから何年も経っているが、彼女の口から俺の知らない俺以外の男の名前が出てきたのはほとんど数えるぐらいしかない。彼女の職場は話を聞く限りでは女の職場で、居たとしても上司だとかそのレベルの人間なのだ。
それを知っていて、何かを確認するように、そう聞いた自分に嫌気がさした。
何を確認した?
困った俺は首の後ろをひっかくと、近くを通った主人に熱燗と告げた。
そうしたらは困ったように笑って「飲みすぎは身体に毒ですよ」と言った。

それからのことはよく覚えていない。
酔いがさめてしまってからまた酔うために無理をしたのかもしれない。
けれども目が覚めてみれば見慣れた天井が広がっていて、朝方畳んできたはずの布団の上に寝かされていた。自分でここまで辿り着いたのか、それとも誰かがここまで連れてきたのかは分からない。
身体を起こしたときにズキンと頭が痛み出して、二日酔いかよ、と舌打ちをした。
さすがに服は昨日のままだったが帯だけは緩めていた。
時計を見ればまだ朝の8時過ぎ。俺にとっては早朝。グラグラする頭をなんとか覚まそうと、這いずるように布団から抜け出し、そして台所へ一杯の水を求め起き上がる。やはり頭が痛む。
そうして居間へ入り台所へと向かおうとした時、テーブルの上に何かがあるのが分かった。
それは昨日俺が時間までに戻ってこなかった新八と神楽に宛てた置手紙かと思ったが、どうやら違う。
そもそも紙ではない。眠い目をこすってよく見てみれば、俺がいつも持っている家の鍵だった。
いつもなら玄関先に置いているものなのに、どうしてここに、とそう頭が働き出した瞬間、俺はひとつの可能性にぶちあたった。
だ。
そして俺は息を呑んだ。
ズキズキと悲鳴をあげる頭痛すら分からなくなるぐらいに、鼓動がドクドクと鳴る。
ここに、来たのか。昨日あのあと、潰れた俺を引きずってここまで来たのか。が。ここまで、来て…
記憶の端々が不安定であのあと何を話していたのかも覚えていない。何か、変なことを言っていないだろうか、何かあってはならないことが起きてはいないだろうか、何か、なに、か…そこで俺の思考回路はショートして何も考えられなくなった。
「あー…」
片手で顔を覆った。
身体の中心からはどくどくとうるさい鼓動の音と、頭上からは張り裂けんばかりの頭痛。
「…最高かっこわりぃじゃん、俺…」



082008