それからが万事屋を訪れる回数が減った。
まさか自分があの時に手に触れてしまったからではないだろうかとひやひやする日々が続いた。
俺も俺でようやく夏の暑さにも慣れ、不定期ではあるが依頼も入るようになってきた。
ある日の朝、お盆の帰省ラッシュが始まっているとのニュースを耳にして、そこでようやくカレンダーを見た。
家にある日めくりカレンダーは、ちょうど花火の日で止まったままだった。
居たたまれない気分になった俺は無造作に今日の日付までカレンダーを進め、破り捨てた日々をゴミ箱へ投げ入れた。投げ入れたところで、あの日起きた事に変わりはないのだけれども。

そうして冷蔵庫へ飲み物を取りに行き、いつも飲んでいる俺の糖分、イチゴ牛乳が切れていることに気がついた。買い物にでかけた新八はさっき出たばかりだし、神楽に至っては遊びにいくといってからまだ帰ってこない。
喉が渇いたという感覚よりも、今俺が欲しているのはそのイチゴ牛乳という糖分。そう、糖分。
冷蔵庫を閉めて、そのまま玄関を出た俺は、本当にどうかしていると初めて思った。

近くのスーパーへ足を伸ばし、なけなしの金を使い飲みたくて仕方がなかった甘味を2本買い込み、店を出たあたりで見慣れた顔を見つけた。
「あれ、銀さん」
そいつはいつものように黒いサングラスをかけていた。
「長谷川さん…」
彼に会うのは実に久しぶりだ。
最近、パチンコにすらいけない日々だからだろうか。彼と会うことが懐かしいと思えるぐらいだ。
「久しぶりじゃん、なにか買い物?」
「そーだけど」
ちょうど出入り口のところで話かけられたもので、次に出てくる人の為に俺は少し端によけた。
そしてしばらくの間長谷川さんと最近起きた事やら、今度飲みに行こうだとか、そんな話をしていた矢先、背後で自動ドアが開くのが分かった。別に誰が出てきてもおかしくないはずないはずなのに、俺はなにを思ったのか背後を振り返り、そしてぎょっとした。
「…、」
そう名前を呼んで、彼女も驚いたようにこちらを振り向く。
なんでここにいるんだろう。それが俺の思った第一の不思議だった。
「銀さん、」
も驚いたのか呟くように俺の名前を口にした。
その光景を間近で見ていた長谷川さんは「知り合い、ですか」と俺に聞いて、けれども俺はこの間のように「知り合い」と答えることができなくて「まぁ、」とだけ言葉を濁す。
「ここさぁ」
なんでここにいるのかを聞こうとした時、が初めに口を開いた。
「タイムセールこの時間帯にやるんだよね」
「…へぇ」
わざわざその為だけにここへ来たとの顔は言っていた。
長谷川さんと俺とで話し込むのかと思いきやは足早に日のあたる歩道へ出て行ってしまった。
「じゃ、また今度ね」
「おぉ、気ぃつけてな」
そう言ってはお返しに笑顔を一つ残して足早に背を向けた。
そんなやりとりを見つめていた長谷川さんが首をかしげ、「なーんか見たことある顔だよなぁ」と呟いた。
まさか、と思ったので「夜の店で働いてるやつと混合してんじゃねーの?」と言ってやったが、それ以上に引っかかるものがあるらしく彼は首を傾げ続ける。
「いや、昔俺がまだ仕事してた時のさ、そん時に会ったことあるような、ないような…」
「だからお水はねぇって」
「そーじゃなくてね」
首をかしげ何かを思い出そうと必死な雰囲気だけは俺にも伝わってきた。
けれども物事とは思い出したいときには思い出せないもので、思い出さなくてもいいどーでもいいときに限って鮮明に蘇ってくるものなのだ。どうやら長谷川さんもその無限ループに陥ってしまったらしく、「はっきりしねぇと気持ち悪いなぁ」と笑って見せた。
「思い出したら伝えるわ」
「あ、そう?」
それから二言三言交わし、俺と長谷川さんは別の方向へ向いて歩き出す。
別段気にするようなことでもないのだろうけど、長谷川さんと同じく俺の心の中にもつっかえが残った。
昔の仕事、とはどの時点の昔なのか分からないがあの人だって昔は幕府の高官だったわけで、もしもその時にに会っていたというのならば、彼女も何らかの形でお上に仕えていた人間だった可能性だってある。
そして同時に足早に去って行ってしまったにも若干の違和感を覚えていた。
俺と、まぁ確かに会いにくいのかもしれないが、長谷川さんの顔を見た時に一瞬だが彼女の顔が強張ったのだ。一体それが何を意味して、長谷川さんの記憶に残るが何者だったのか、俺は知る術を一切持ちえていない。そもそも、出会う以前のことを俺は知らないのが事実なのだ。
俺が聞かないから話さないのか、話したくないから話さないのかは分からないが、俺に会う以前のの事を俺は本当に知らない。もちろん彼女だって俺の事を熟知してきてはいるが、過去に何があってどういった環境で生まれてだとかそこら辺のもっと細かい部分だなんて知りっこない。
お互い様といえばお互い様と片付けられる関係が、ただそこにはあるだけだった。

我が家の玄関を開けると新八と神楽の靴があった。
「銀さんが帰ったぞぉー」
そう、胸のモヤモヤした部分を拭い去るよう、俺は声を張り上げた。




082108