久しぶりにきた依頼は破格の物で、一日金持ちのお嬢さんの相手をしているだけで給料がもらえるというなんとも軽い内容だった上に、その報酬はそれはそれはいいものだった。
こんな依頼がもっと続けばいいと思い手にした金を握り締め、男は一発ギャンブル大博打。そう心の中で呟いていきつけのパチ屋へ向かった。

スーパーで顔を見たっきりだったはつい先日手土産を持って家にやってきた。
話した感じでも以前と変わった様子もなく、いつも通りのだった。
あの花火で起きた事についても俺もも話を出さなかった。

入り口を入れば耳障りとも思えるほどの音が耳に入り俺は一瞬眉根を潜める。
そうして、どうしてこういう時にタイミングよく知り合いに会ってしまうのか、俺でも謎で、話しかける為にゆったりとした見慣れた背中に近づいていく。
「どう?順調?」
「うわっ」
声をかけた相手、長谷川さんはよっぽど夢中だったのか肩をびくりと震わせて俺に視線を配る。
彼の足もとには出玉の入ったケースが積まれていた。
「びっくりさせんなよ」
ちょうど空いていた席に腰を下ろし、俺も久しぶりのギャンブルを味わう覚悟をする。
「不調、ってわけじゃなさそうだよねぇ」
「さっきから大分調子あがってきてさ。でもまだ元取れてねぇんだな、これが」
「へぇー」
目の前で繰り広げられる単調な動き。
こんなものにお金を使うだなんて、冷静になって考えてみれば馬鹿げていると思う。
けれどもこんな単調なものでも上手く行けば金に変わるんだから、やめられない。
そんな会話の後、しばらくお互いが無言で集中していたがふいに長谷川さんが「そーいやさぁ」と口を開いた。
周りの騒音にかき消されるような小さな呟きだったが俺は視線だけを長谷川さんへと移した。
「この間会った女の子」
「女の子?」
「ほら、スーパーで」
そこまで言われてようやく俺はの事だと理解できた。
「あぁ、はい」
「見覚えあったって話したじゃん、であの後やっぱすっきりしないんで色々、思い出そうとがんばってたんだけどさぁ」
そこまで言うと勿体ぶるよう語尾を濁し、ごそごそと財布の中から一枚の写真を出してきた。
長谷川さんの視線は台から外れることはなかったが俺の視線はその写真に釘付けになった。
縮小でもしたのだろうか、その写真は小さくたくさんの人が映っていた。
どうやら長谷川さんがまだ幕府高官の職についていたときのもののようで、かっちりとした制服を身にまとっていた。その写真を長谷川さんの手から受け取り、まじまじと見つめる。
当たり前だが、俺の知らない顔ばかりだ。
「一番右端に映ってる子さぁ」
言われて俺の視線が右端へ集中する。
そうして心臓がどくりと大きく鳴った。
「たぶん、あの時の子なんだよなぁ」
そんな変化を悟られぬよう、俺は息を一つ吐いた。
俺は確信していた。これは、間違いなく、だ、と確信した。
「そんでね」
長谷川さんは相変わらず台から視線をそらさなかったが、たんたんと煙草を口にくわえながら話を続ける。
「その隣にいる、男」
隣。
俺の眉間に皺が寄った。
「俺の記憶が確かなら、その男と、あの子は確か婚約者だったんだよな」
婚約者だと?
そんな話は聞いていない。
「そいつ俺んトコの部署じゃなかったけど結構良いところの奴で、仕事できるって有名で」
「俺んトコの女性事務員に人気でさぁ、一時期俺の嫁さんも気に入った時期があって」
「若干、年甲斐も無く妬いたことあったなぁ」
背中に妙な類の汗が流れていることが分かった。
店内は涼しいはずなのに、不思議だった。
長谷川さんはそれからも話し続けたが俺の頭にはちっとも内容が入ってこない。
台へ視線を注ぐべきなのに、俺の集中はこの一枚の写真へと注がれてしまって動けない。
婚約者?あのに婚約者だと?
冗談だろう。
そんな婚約者だなんてものがいて、なぜあいつは今一人だと言い張るんだ。
何かあったのか。俺が知らない彼女の過去に何かがあって、もうこいつとは終わってしまっているんだろうか。それともが一人でそう言っているだけなのだろうか。
…おそらく答えは前者だ。
写真で見る限りの好青年。黒髪で優しく微笑み映る、俺の知らないの婚約者。
その隣で幸せそうに笑うもこうしてみてみれば俺の知らない人のようだった。
さっきからどくどくと早い鼓動を刻む心臓。
…もう耐えられない。

「へぇ、そーなんだ」
そう呟く事が精一杯で、写真を長谷川さんへと返し、席を立つ。
「あと、打っていいよ」
「え、あ、ちょっと銀さん?」
「クーラー効きすぎてつらいわ、ここ」
我ながらなんとも陳腐な言い訳なんだろう。
そう思ったが、足だけは着実に先ほど入店したばかりの自動ドアへと向かっていた。
背後で狼狽する長谷川さんの声が聞こえたが、周りの音にかき消されたって事にして、何も答えなかった。

じっとりとまとわりつくような外気温も気にならないほど、その日は一日ぼんやりとした日を過ごした。




082208