今朝方一本の電話が入った。 新八からだった。 なんでもお墓参りへ行くらしく、今日はここへ来ないとそんな内容だった。 基本的に開店休業のような仕事なので、俺は気にすることはないと告げ電話を切った。 チンと軽い音を立てた電話を見つめ、俺はしばらく立ち尽くした。 神楽は友達と遊びに行くと日傘を片手に昼頃に家を出て行った。 特に依頼も入っていなかった俺は扇風機を独り占めしながらぼんやりとテレビを見つめる。 難しい政治の事は頭に入ってこなかったが、夏の海がテレビに映った時ばかりは意識を集中させ、じっと見つめていた。仕方がない。男の性だ。 ちょうど海の映像が切れて、視線を天井へ移したとき、インターホンが鳴った。 首だけを玄関先へ向け、俺はじっと息を潜める。 急かすよう、もう一度インターホンが鳴る。そして、「銀さーん」そう聞きなれた声が聞こえ、俺は瞳を大きくした。そして時計を見やる。まだ14時を回った頃だ。 今日は仕事じゃないのか?そんな疑問を浮かべながらゆったりとした足取りで玄関先へ向かう。 そこへ来て、いつもは問答無用で玄関を開けてくるがどうしてインターホンなんかを鳴らしたのかがわかった。鍵がかかっていたからだ。 指をひっかけるように鍵を外し、カラカラと引き戸を開ける。 「よっす」 「…おー」 そこにはやはり見慣れたの姿があった。 しかし彼女の両手にはいっぱいの買い物袋が握られていた。 そこへ視線を落とし「なに、これ」と聞けばは悪戯っぽく笑みを残し「まぁまぁ」そう言いながら玄関先へ上がりこむ。 「今日はご飯を作って食べようかと思って」 重そうな買い物袋を一つ俺へと渡す。 何かと思い袋を覗けば俺が手渡された袋の中には酒が入り込んでいた。 ふぅと息をついて額の汗を拭う。そうか、今日も暑いのか。そんなの姿を見て俺はただぼんやりと思うことしかできなかった。 「鍵かかってたから、いないのかと思って焦ったよ」 「なんで鍵なんてかけたんだろうなぁ」 自分でも不思議だったのだ。 普段なら家にいるときは玄関の鍵は特にかけてはいない。外出する時だけはかけていくように心がけているが時々忘れてしまうときもある。そんな俺が今日に限ってはきっちりと玄関の鍵を閉めていたのだ。 自分でもわからないといった風な口調だったのがわかったのかは俺を背中越しに振り返るとふっと笑ってみせる。 「お盆だから、じゃない?」 初め何を言われているのか分からなかった。 草履を脱いであがりこむの背中を見つめながらその言葉の重さにようやく気がついた。 目を細めながらしばらく立ち尽くしていると台所へと消えたが早く来いと、催促した。 なにを作るのかと聞けばはサラリと冷やし中華と答えた。 中からは確かにそれを作るのに必要な食材があった。それから、サラダになるであろう野菜と、徳用と書かれた刺身の盛り合わせがあった。和洋折衷もいいところだ。 「つか家で飯食うのはかまわねーんだけどよぉ」 冷蔵庫へ食材を入れる手を止めることもなく考えていた疑問を口にする。 「誰がつくんの?」 ばしゃばしゃと手を洗っていたがしゃがみこんだ俺を見つめてさも当たり前のような口ぶりでこう言う。 「メインは銀さん。私はお手伝い」 「……ですよねぇ…」 新八は今日は墓参りでここへは来ないから作るのは俺と神楽との分だと言うとの顔が一瞬翳った。どの単語に反応したのかはよく分からないがその一瞬すらも俺は見逃さない。 神楽が戻ってきてからでも作ればいいということで満場一致し、そのまま居間へ戻り二人でダラダラとテレビを見始める。さっきまで俺が占領できていた扇風機は首を回してへも風がいくようにした。 「つか、お前仕事は?」 「んー?今日はお盆休みで明後日まで休みだよ」 出した茶菓子を口に入れながら器用に口を動かした。 「へぇーよかったじゃん。実家とか帰らねーの?」 「ねぇ。帰ったほうがいいんだろうけど、帰らないなぁ」 「なんで?元気な顔かーちゃんに見せに行ったほうがいいんじゃね?」 はケラケラ笑い、少し困った顔になった。 「顔は見せに行きたいけど、この歳になると色々面倒でね」 「面倒?」 「いい人はいないのかーとか結婚はまだかーとか、孫の顔見るまでは死ねないーとか、本当にうるさくて」 嫌になる。 そうは続けたが俺はまた妙な感情が浮き上がってくるのを必死に抑えようと目を伏せる。 なんだ、この言い草は。 には婚約者と呼ばれるやつがいたんじゃないのか?俺の予想通りに駄目になってたのか?なんで、どうして。それはいつ頃の話だ。……あぁ、駄目だ。聞きたいことが多すぎる。 「…そりゃ、ちょっときついかもな」 そう口にしてテーブルの上にあった麦茶を飲み干し、便所。そう告げて席を立つ。 ドアを閉めて、その場にしゃがみこむ。 会えば会う程、考えれば考えるほど胸の中の感情は肥大して大きくなって、手に負えなくなる。 正直、これ以上はしんどい。爆発しそうだ。 ここまで俺は奥手な人間だっただろうか。ここまで、人に関心を示して、何でも知りたいと思ったことはあるだろうか。じっとりと額にある汗も気にすることもなく、そのまま両手で頭を抱え込む。 「…好き、以外、ねぇだろうなぁ、これは」 口にしたら逃げられない。 逃げない覚悟を、しなければならない。 082208 |