「さんがぁ帰ったぞぉ!」 「っるせぇよ、耳元ででかい声出すなっ」 言って俺は肩に回していたの腕を解く。 ふらりとよろめきはしたがそのままフローリングの上へ着地した。 下駄をまるで脱ぎ捨てるよう玄関先に放り投げ、壁を伝いながらゆっくりと立ち上がり自身の寝室を目指しているのか彼女の足取りはしっかりとしたものだった。 そんな頼りない背中を見ながら俺も靴を脱ぎ、の後をつける。もちろんため息をつきながらだ。 こんなになるまで酔ったを見るのはほとんど初めてだった。 寝室に向かったに、水でも、と思った俺はキッチンにあったカップに水道水を注いで、がいるであろう場所へと足を伸ばす。真っ暗な寝室に入っても物音はしない。すぐ横に見つけた電気のスイッチを入れ、明かりをつける。そこには呆れるほどだらしがない、というか、あれだけ酔っていたのだから仕方がないのだろうけれど、上半身だけベッドに預けた格好のがいた。俺は本日何度目とも分からないため息をついた。 「おい、水」 「…んー」 そういって最近、新調したといったベッドシーツに額を擦りつけた。 しゃがみこんでと目線を合わせる。ほら、と水の入ったカップを目の前に出してやると、の瞳が一瞬だけ細められた。 「…いい、いらない」 そう言って反対の方向を見ると、そのままベッドの上へとよじ登り、枕をその腕の中に抱いた。 俺は俺でいらないと言われたカップをそのまま床に置いての行動を黙ったまま眺めていた。 「なんだって、こんなになるまで飲んでんだよ、世話かけさせんな」 普段なら、口の減らないの事だから何か小言を言い返すはずだった。 けれども俺が期待した小言は待てども待てどもの口から出ることはなかった。 その代わりに、気持ち悪いぐらいに弱々しい、呟きが彼女の口から漏れる。 「…ヤケ酒ですから」 「ヤケだぁ?」 眉根を潜めるだけの条件は揃っていた。 会えばどんなときでも自分のしている仕事の話もしない、愚痴も言わない、それどころかヘラヘラ笑ってお前のどこにストレスがあるんだ と思わせるような素振りしか見せないの口からヤケ酒という単語が出てきたこと事態が以外だった。 「この間、見ちゃったんですよねぇ私。」 俺は立ち上がり、ベッドの上にうずくまるを少し高い位置から見下ろした。 「…何を?」 意味深なはそれから少しの間口を閉ざした。 俺は所在が分からなくなったライターを探し当てた。 「色街に、土方さんが、女の人連れて歩いてるの」 見ちゃったんです。 俺は、というとぼんやりと頭の片隅で最近あった出来事を振り返っていた。 色街といわれても正直ピンとこなかったが、しばらくして「あぁ、」とまるで独り言のように呟いた。 この間、とは言ったが正確には一週間程前の出来事だ。 幕府のお偉方の食事会の警備を任されていた俺たちがの言うところの色街にいたのは。しかしながら、一緒に歩いていた女、というのは、おそらくが想像している部類の女とは違う。確かに一緒に歩いてはいたが、あのときの女達は芸子を呼べという松平公のご命令に忠実に俺たちがその料亭まで芸子を連れてきただけに過ぎない。 「滅多に笑わない、土方さんがぁ?ニヤニヤニヤニヤしてて、」 ニヤニヤなどしていない。 愛想笑いの一部だ。 そう言っては胸に抱きしめた枕をさらに深く抱いて身体を丸めた。 呟いたの声音は、いつものの声音ではあったが、いつもの力がなかった。 「…あれは、仕事の一部だ」 隊服着てるときは仕事だって前言っただろう、 俺はベッドの端に腰を下ろした。 スプリングが軋んでの身体が一瞬沈む。 沈んでもなお、は身体すらこちらへ向けようとしなかった。 「…45点の言い訳」 「あれは芸子を店まで連れてっただけだ。…なんにもねぇよ」 「……そんなこと知ってるよ」 「だったら、いいじゃねぇか」 「よくないよ」 なにがよくない、そう口にしようとしたがのが数秒早かった。 「仕事って分かってても寂しくなった自分が嫌になった」 ふと俺はに視線を落とす。 この言い草ではまるで、 「なに、お前でも嫉妬とかすんのか?」 鼻で笑ってしまった。あとでしまった、と思ったが気にしないでおいた。 けれどもは気にしたらしく、うずくまったまま「そーですよ!」と声を荒げた。 俺ははぁと息を吐くと、彼女の肩にそっと手を置く。 そうしてゆっくりと身体を引き寄せると、簡単に仰向けになった。 バツが悪い、そう言っていた瞳は無視した。 「そんなんじゃ、ねぇって」 顔にかかった髪の毛をそっと指先で払いのける。 酒の所為なのか、また違った何かが原因なのかの頬は少しだけ赤くなっていた。 「…75点」 さっきの言い訳の点数のことか、と頭の中で理解した俺は、頭の中で次は何を言って聞かせてやるかを考えた。 「、」 しかし、何を言っても100点満点なんてつけてくれねぇんだろうなぁとも同時に考え、俺は減らない口を塞いでやった。ほんの少し触れただけなのに、触れた先が熱く感じられたのは俺も酔っているからなのだろうか。 「…90点」 そう呟いた唇を翻弄するよう、進行したのは、ほとんど彼女が90点と呟いたのと、同時だった。 |