2人だけ取り残されるように生徒会メンバーが次々と姿を消し、残ったのはあとわずかな時間しかここにはいられない僕と、ぼんやりと本に目を落とすだけだった。 差しさわりのないやりとりの中、僕はなんど笑っただろう。 他愛もない会話の中、何度彼女は僕の名前を口にしただろう。 この緩やかな時間こそが僕にとっての幸せであるというのならばあながち嘘でもない。 ふいに落とした視線の先には時計があった。 その仕草をみたは困ったように笑いながら もう時間なの?と言った。 僕は同じように困ったよう、笑って あともう少しなら大丈夫だよ と答えた。 本当はロイドさんたちに伝えた時間まであと10分しかなかったが、口にしなかった。 そのあと自分だけが知っている事実に蓋をするよう、みんなが戻ってくるまではいるよ と口早に話していた。 でも無理はしないで とは手元の本に視線を落としながら言ったが、僕にとってこれは無理でもなんでもない気がしたので、ただ うん とだけ頷いた。 スザクには好きな人がいるの? はぼんやりと本を読みながら、そう呟いた。 喉を通って口に出そうになった、えっ という言葉はしっかりと飲み込んで 何を急に、どうしたの? と平静を装うことに必死だった。 の細い指がページを捲る。 そうして僕は彼女が今目にしている、その話こそが今巷で話題になっている恋愛小説だということを思い出した。ブックカバーこそかけられて、表紙は見えなかったがさっきまでここにいたシャーリーが泣けるから、とに渡していたものだったのを思い出した。 こういう本を読んでいるとね、やっぱり恋愛はいいんだなぁって思うの。 それは、高校生の女の子が口にする台詞じゃないね。 言うとは笑った。 胸が痛くなった。 でもこの話はあまり好きじゃないかなぁ、 どうして?有名な話なんでしょ? うん。でもどうも話しに現実味がなくて、ちょっと駄目かも。 言っては目にしていたはずの小説をパタンと静かに閉じてしまった。 僕はそれをぼんやりと横目に見つめて、隣で深呼吸をするの肩の動きを追った。 あんまり本とか読まないから、目がシパシパする 目を擦りながら、おまけと言わんばかりに欠伸までしたは何を思ったのか席を立ち、閉じた本を手にしてそのままシャーリーの鞄の中に本をしまいこむ。 もういいの? そう聞くと、うん、シャーリーにはおもしろかったけどあまり好みじゃなかったって伝えるから と苦笑いをしてみせた。 僕もあまりそういう恋愛の類の本は得意ではなかったのでの言っていることはなんとなく理解はできた。だから、本にも好みがあるからね と手を組みながら言った。すぐ目の前で腕にはめた時計の小さなアラームが待ち合わせ時刻を告げるべく鳴った事は聞かなかったことにした。 シャーリーの鞄の中に本をしまいこんだはゆったりとした足取りで、もとの僕の隣へ腰を下ろすと、呟くようにみんな遅いね。と口にする。僕はそれに そうだね。とだけ答えることとした。 には、 そう口にした僕ははっと口を噤んだ。 そしてしまった と心の中で呟いた。 きょとんとした顔をして僕を覗き込むが、私には?と僕の言ったことを反復するので、いや、あの、 と言葉を濁してみたが彼女の瞳が誤魔化すことを許さなかった。 には、好きな人とかいるの? 末尾にいくにつれ、僕の声が小さくなったのは自分でも分かった。 瞳を大きく見開いて驚いた顔をしてみせたは スザクでも恋愛に興味持つんだね と驚きを交えた声音で言った。僕はそれがどういった理由での口から発せられたのか分からなくて一瞬眉根を潜めたが、すぐにそんなことはどうでもよくなった。他人の恋愛になんて元々興味がない。けれどその他人がに変われば話は別だった。そうだなぁ と隣で足を組みながらは言う。 ふわり とひんやりとした秋風がカーテンを揺らしたその時、ははっきりとした口調で、 いるよ。今 私の目の前に。 そう、微笑みながらはっきりと口にしたのだ。 初めは何を言われているのかも分からなかった僕はただ驚くしかできなかった。 冗談だと思ったのだ。けれどもすぐに席を立って、自分の荷物手に取り焦ったように机に散らかった教科書やノートを鞄に仕舞い込むの横顔を見て、今のは冗談でもなんでもなかったんじゃないかと、僕の心が急かし始めた。、今のって、 勢い余って僕もその場に立ち上がりそう口早に言うと、の手が止まる。 栗色の髪の毛を耳にかけながら ごめんね とは呟く。 何に対して謝っているのか、分からない。何がごめんねなんだ。ちっとも悪くない。 そう思ったら言葉より先に手が動いていた。鞄を掴むその左腕を掴んで、謝るようなことじゃない と僕は口にした。まるで彼女を責めるような口ぶりになってしまったのは、おそらく僕も焦っていたからだ。 困ったような潤んだような瞳が僕を射抜く。 心臓が破裂しそうだ。胸が痛い。息が、できない。 耳元でドクドクと刻む早い鼓動も、この息苦しさも、も同じように味わっているのだろうか。 僕は掴んでいた腕を放して、なぜだか僕も ごめん と呟いた。 何に対して謝っているのか全く自分でも分からなかった。けれどもは柔らかく笑うと いいよ と言ってまた荷物の整理をし始める。 そんな中、不意に背後にあるドアが開いてミレイ会長の元気のいい声が聞こえ、それとほぼ全く同時に僕の携帯電話が鳴り響いた。はミレイ会長が戻ってきたことよりも僕の携帯の事を気にしたらしく、もう時間でしょ? と困ったように笑いながら、視線の先を移す。 僕は、うん、限界みたい。 そう言って発信元を確認する。やはりセシルさんからの着信だった。 電話に出ようとした時に、ちょうど電話は切れてしまい僕は隣の椅子に置いておいた鞄を手にした。 するとは本当に小さな声で、ありがとう と満足そうに笑いながらその場に座り込んだ。 深く息を吸い込むを見て、さっきまで感じていたあのなんともいえない息苦しさがなくなっているのが分かった。僕も鞄を握る手に力を込めて、また明日、 と別れの言葉を告げ、背後で調達してきたであろう物資を運び込む会長に帰る旨を伝え、僕は足早に生徒会室を後にした。 着信があったセシルさんへ電話をかける時に、自分の指が震えていることに気がついた僕は、生まれて初めて恋というよく分からない息苦しさに、真正面からぶつかったのだ。 |