人間の身体の構造上は男も女も大して変わりがないものだと思っていた。 けれども部分的なもので言えば、確かに男と女にははっきりとした区別がついてはいたが、だ。 軍の人間になってから、男も女も関係がないような世界で生きてきた僕と、その世界でほとんど同じものをみてきたであろうは、いつの間にか片方の瞳を失ってしまっていた。 どうしたんだ と聞けば ちょっとね、とは言葉を濁す。 濁された僕は、本来ならばそれ以上のことは聞かないほうがよかったんだろうけど、どうしたの とさらに食い下がった。するとは困ったよう笑いながら 言いたくないの と呟いた。 眉根を潜めた僕は、そのままの腕を掴んでそのまま歩きだす。 後ろでは ちょっと!と焦ったよう口にするがいたが聞こえないフリをして、尋常ならぬこの光景を訝しげに見つめる内勤の女中の事なんて、気にしている余裕がなかった。 そのままを引きずるような格好でナイトオブラウンズ各人に与えられた自室へ足を運ぶ。 腕を引きずられたをそのまま備え付けのベッドの上に少し乱暴に放ると、僕は身に着けていたマントを脱ぎ捨て、の上に馬乗りになった。 「お願いだから僕に隠し事はしないで」 安い言葉だと思った。 けれども目の前のが観念したように片方しかない瞳を伏せると、静かに ごめんね とか細く空気を振るわせる。そうしてぽつりぽつりと片方が亡くなった経緯を話し始めた。 先の戦闘で負傷した時に目をやられた、簡単に言えばこうなる。 その時、ちょうど僕はその場にはいなかったのでそんな話を聞いたのは初めてだった。そもそもが前線で戦っていること自体、僕にとっては初耳だった。部隊が違うとなるとこうも分からないものなのか、そう心の中で毒づいた。深刻な顔をしていた僕に向かっては こうなるって分かってたから話したくなかった とこぼした。 綺麗な藍色の瞳だった。 もう片方の瞳は今も健在だったが、今まで2つの瞳で見てきた世界と今彼女が見ている世界とでは大きく違うだろう。感覚だって、そうだ。身体が追いついていかないだろう。 見えなくなった瞳の上には、黒い眼帯があった。 僕はゆっくりと上体を屈め、眼帯の上をそっと指でなぞる。 丸みを帯びた眼球の感触が伝わる。生きているもう片方の瞳が世話しなく動く。動揺しているのだ。 「これ、取ってもいい?」 瞳の感触を確かめるよう、左右へと触れていた指を止め、にそう問うた。 諦めたように藍色の瞳を伏せて、「駄目って言ってもとるんでしょ、」 と諦めたよう呟く。 駄目だと言われたらとるつもりがなかった僕は、けれどもに言い当てられた心の奥底をくすぐられ、うん、と頷いてゆっくりと両の手で耳にかかった眼帯の紐を解いていく。 その下に隠された片方の瞳が、露わになる。 いとも簡単に外れた拘束は彼女の頭上に放った。 一斉に下を向いた長い睫。その瞳とまぶたの間には何かで斬りつけたような斜めの傷がしっかりと皮膚の色を変えて走っていた。僕はひっそりと眉を潜めた。 「どうして、こんな、」 そこまで口にして僕は口を噤んだ。これ以上の言葉は彼女を不用意に傷つけ、僕の心を荒らすと悟ったからだ。 肩で息を吸って、そしてが何かを言う前に、先ほどのように、けれども今度はその斜めに走った傷の上を指でなぞる。ゆっくりと生きている藍色の瞳を閉じたリリィが息を吐いた。 そうしてなぞっていた指を織り込むとそのまま彼女の顔を両手で包み込み、その唇を亡くした瞳に軽く触れさせた。が驚いたよう、息飲み、彼女の身体が強張ったが僕は今日2度目の見てみぬフリをした。 唇を離し、今度は彼女の頬へ、耳へ、そうして唇へ。本当に触れるだけの、優しい行為。 「くすぐったいよ、」 そう笑い声交じりに呟いたが僕の髪の毛にその指を絡める。 「…こんなことになったから、前線から離れることになっちゃった」 藍色の瞳が僕を一瞬捉えて、そしてまたどこか違う方向を見てしまった。 「当たり前だよ、こんなことになってもまだって言うなら、僕が止める」 「馬鹿じゃないの?」 「がね」 髪の毛に絡んでいた指の先は、だんだんとその進行を深いものに変えてゆき、仕舞いには彼女の腕が僕の背中に絡みついた。掻き抱くよう、抱きしめられた僕も僕で彼女の肩口に顔をうずめながら、目に付いた耳を甘く噛んだ。びくりと震える身体に、熱が篭る。 「かわいそうだなんて、思わないでね」 そんな行為の中、がうわごとのように呟いた。 僕は顔をあげて彼女を見た。 「これは私なりの覚悟の証。2つあるうちの1つを覚悟の中に埋めたの」 色々、言いたいことがあったけれど僕はその全てを飲み込んだ。 飲み込むことが妥当だと思ったからだ。彼女の言う通り、これは彼女の中に数十と存在する覚悟の内の一つなのだろう。女の身でありながら、昔から軍に属し数多の戦を乗り越えてきた彼女ならではの覚悟なのだろう。 それならば、と僕は背中に絡みつくの腕を剥がし、白いシーツの上に自らの指を絡め縫い付ける。 「なら、これは僕の覚悟だ」 藍色が大きな色を放つ。 「これからも、ずっとどんなことがあっても君を好きでいるという、」 握り締める掌に、指の先に力を込める。 「僕の覚悟の証だ」 薄紅の唇がゆっくりと僕の名前を口にする。 「だからその瞳に焼きつけて。僕を、僕と言う生きる覚悟を」 重ねた唇から漏れる、淡い甘い吐息が、背筋を駆け抜ける。 泣くように微笑むが僕の耳元で呟いたささやかなる「本当にばか」という言葉はすぐに溶けて消えた。 |