その日は確かに雨が降っていた。
は自室のベッドの上から上体だけを起こしぼんやりと雨が降り続く外を窓越しにじっと眺めていた。
「殿下、お食事をお持ちしました」
「…そこに置いてて」
従者が困ったようにテーブルの上に置いてある昨日の夕食を目に留めて、しかし、と食い下がる。
僕がの自室に入ってきたのはちょうどその時だった。
それじゃ、昨日のは下げて。
そう静かに言うとその要求を呑むしかできない従者が僕に視線を投げかける。は僕がここへ来たことすら気がついていない様子だった。
僕は無言のままに首を横に振って従者に退去するよう目で訴えた。彼女は一礼し、踵を返しテーブルの上にあった昨日の夕食を静かに音を立てぬよう片付け、そうして今しがた持ってきた朝食をテーブルの上に準備し静かに扉を閉めた。
「…あなたも出て行ってちょうだい」
忙しいんでしょ?
付け加えられた皮肉にも僕は笑みをこぼすことで乗り切った。
「何か口に入れたほうがいい、」
「出て行ってと言ったのが聞こえなかったの、ナイトオブセブン」
「…殿下、」
一歩踏み出すとは静かにこちらを振り向いた。
僕はもう一歩踏み出した。
「…ラウンズは嫌いよ」
小さい呟きだった。けれどもその一言には彼女なりの嫌悪がこめられていた。


敗戦国となった日本の総理の第一子であった僕は敗戦後まもなくして敵国神聖ブリタニア帝国にその身柄を保護された。まだ幼かった僕は保護という名目ではあったがその手段はほとんど人質に近かったのは明白だった。そんな僕の身寄りを引き取ったところにはという女の子がいた。彼女は皇族であり皇位継承権を持った皇帝の娘だと知ったのはもう少し先になってからの事だった。


「ラウンズである前に僕は枢木スザクだ」

雨音が窓にぶつかり、その音は次第に大きなものになってゆく。雨脚が強くなってきているのだろうか、僕はぼんやりと考えた。
踏み出す事を躊躇しない僕はあっという間にとの距離を縮めていった。彼女がいるベッドに腰を下ろし、また窓の外を眺め出したの栗色の髪の毛に触れた。

名誉ブリタニア人となり、日本国からは売国奴と罵られ、ブリタニア帝国側からはイレヴンの分際で、と罵られ僕が行き着く場所には必ず何らかの誹謗中傷があった。この歳になれば何でも受け流すことができる余裕を見につけられることがてきたが、それでも心の奥底ではどこか痛めつけられている気がしてならなかった。
ならば、力を持てばいい。
この国の象徴とも言える、強者へなればいい。
そうすれば何をしても僕に何かを言える人間なんてほとんどいなくなる。そして僕がしたいことにとやかく難癖をつけてくる人間も、いなくなる。
答えは意外に簡単なところに転がっていた。


「それでもあなたはラウンズになった」
やんわりと、の手が僕の手を払いのける。
「私の母を殺したラウンズに、私の母を殺せと命じたあの皇帝直属の兵器になった」
「…になんと言われてもいいよ、どんなことでも受け止める」
雨音が耳鳴りのように突き刺さる。
「ただ、僕は君を守るためなら、なんだってする覚悟がある」
白い素肌に触れた。
前に会った時よりも少しやせたと思う。
親指の腹で拭った彼女の唇が少し震えていた。
「…スザク、」
薄く開いた唇にその後を紡がせぬよう、塞いだ。

雨はその日1日降り続いた。










盲目の正義


040809